放射線生物学
放射線生物学は、電離放射線が細胞・組織・個体に及ぼす影響とその機序を扱う分野であり、放射線治療の効果予測や被ばく管理の基礎となる。国家試験ではDNA損傷から細胞死、急性障害、発がん、胎児影響まで幅広い階層の知識が問われる。
DNA損傷と直接・間接作用
放射線がDNAに直接エネルギーを与える直接作用と、水分子の電離・励起で生じるヒドロキシラジカル(・OH)などのフリーラジカルを介する間接作用に大別される。低LET放射線(X線・γ線・β線)では損傷の大部分が間接作用によるのに対し、高LET放射線(α線・中性子線)では電離密度が高く直接作用が主体となる。フリーラジカルの寿命はミリ秒以下と極めて短い。
DNA損傷には塩基損傷、塩基の遊離、一本鎖切断(SSB)、二本鎖切断(DSB)、架橋がある。このうち二本鎖切断(DSB)が最も修復困難で細胞致死作用が高い。相補鎖を鋳型に正確な修復ができず、誤修復が染色体異常や細胞死に直結する。SSBや塩基損傷は相補鎖を鋳型に比較的正確に修復される。修復機構には相同組換え修復と非相同末端結合がある。
国試ポイント: 低LET=間接作用主体・高LET=直接作用主体という対応と、致死性が最も高い損傷がDSBである点を必ず押さえる。
細胞死・細胞周期と放射線感受性
放射線による細胞死には分裂死(増殖死)と間期死があり、増殖能をもつ多くの哺乳類細胞では分裂死が間期死より高頻度に生じる。放射線誘発アポトーシス(プログラムされた細胞死)はクロマチン凝縮、ヌクレオソーム単位の規則的なDNA断片化、細胞縮小、アポトーシス小体形成を特徴とし、細胞膜が保たれ炎症を伴わない点で、内容物が漏出し炎症を起こす壊死(ネクローシス)と区別される。
細胞周期による感受性は時期で異なり、M期・G2後期で最も高く、S期後期で最も低い(抵抗性)。照射後の細胞周期停止(チェックポイント)は主にG2期で生じ、修復のための一時停止であって必ずしも細胞死に直結しない。分裂増殖細胞に照射した際、最も早期にみられるのは分裂遅延である。
放射線感受性の一般則がベルゴニー・トリボンドーの法則で、①分裂頻度が高い、②将来の分裂回数が多い、③形態・機能が未分化、④核細胞質比が大きい細胞ほど感受性が高い。これに基づき、骨髄・リンパ組織・腸管粘膜・精巣(精祖細胞)・水晶体は高感受性、神経・脊髄・心筋・筋肉など終末分化した非増殖組織は低感受性となる。腫瘍でも悪性リンパ腫は高感受性、悪性黒色腫は抵抗性の代表である。
| 細胞周期の時期 | 放射線感受性 |
|---|---|
| M期(分裂期) | 最も高い |
| G2後期 | 高い |
| G1期 | 中間 |
| S期後期 | 最も低い(抵抗性) |
国試ポイント: 「M期が最高感受性、S期後期が最低感受性」と、感受性の高い組織・低い組織の並べ替えが頻出。
線量-生存率曲線とSLD/PLD回復
細胞生存率曲線は、低LET放射線では低線量域に「肩(shoulder)」をもつ曲線となる。これはLQ(線形二次)モデルで S = exp(−αD − βD²) と表され、αは直接的な致死損傷、βは損傷の蓄積による致死を表す。α/β値は組織の分割照射に対する応答の指標で、早期反応組織・多くの腫瘍では約10 Gyと大きく、晩期反応組織(脊髄・筋肉など)では約1〜3 Gyと小さい。
分割照射では照射間隔中に亜致死損傷(SLD)回復が起こり、単回照射より生存率が上がる。総線量・分割回数が同じでも全治療期間が長いほど、腫瘍細胞の再増殖(repopulation)が進み生存率は高くなる。潜在的致死損傷(PLD)回復は照射後に細胞が低酸素・非増殖状態に置かれると生じやすい。SLD・PLD回復はいずれも低LET放射線で大きく、高LET放射線では乏しい。低LET放射線では細胞周期依存性・線量率効果も大きい。
分割照射に関わる4つのR(Repair=SLD回復、Redistribution=再分布、Reoxygenation=再酸素化、Repopulation=再増殖)は重要。過分割照射(1回線量を下げ回数を増やす)は、α/β値の大きい腫瘍・早期反応組織で効果を増強しつつ、α/β値の小さい晩期反応組織を通常分割と同等に抑える。加速多分割照射は総治療期間短縮で速い腫瘍制御と晩期障害緩和を両立する。
国試ポイント: 晩期反応組織ほどα/β値が小さい、同一線量なら分割・低線量率・治療期間延長で生存率は上がる、という関係を整理する。
酸素効果・LET・RBE
酸素が存在するとフリーラジカルによるDNA損傷が固定・増強される(酸素効果)。低酸素の腫瘍は放射線抵抗性だが、分割照射中の再酸素化で感受性が回復する。酸素効果の大きさは酸素増感比(OER)で表され、間接作用が主体の低LET放射線でOERは大きく(約2.5〜3)、直接作用主体の高LET放射線では1に近づく。
LET(線エネルギー付与、単位 keV/μm)は放射線が単位飛程あたりに与えるエネルギーで、質量・電荷の大きい荷電粒子ほど高い(α線>陽子線>電子線、X線・γ線は低LET)。生物学的効果比(RBE)は基準放射線(250 kV X線)と同一効果を得るのに要する線量比で、高LET放射線ほど大きい。ただしLET増加でRBEは単調増加せず、約100 keV/μm付近で最大となり、それ以上ではオーバーキル効果で低下する。
| 項目 | 低LET放射線(X線・γ線) | 高LET放射線(α線・中性子線) |
|---|---|---|
| 主な作用 | 間接作用 | 直接作用 |
| RBE(生物学的効果比) | 小さい | 大きい |
| OER(酸素増感比) | 大きい(約2.5〜3) | 小さい(1に近い) |
| SLD/PLD回復 | 大きい | 乏しい |
| 生存率曲線の肩 | あり | ほとんどない |
国試ポイント: 高LET放射線=RBE大・OER小・SLD/PLD回復小・細胞周期依存性小・線量率効果小、とまとめて覚える。RBEの基準は250 kV X線。
確定的影響と確率的影響
放射線の人体影響は確定的影響と確率的影響に分けられる。確定的影響(組織反応)はしきい値をもち、多数の細胞死により、しきい線量を超えると線量に応じて重症度が増す。急性放射線症候群、皮膚炎、白内障、不妊、胎児奇形などが該当し、晩期有害事象の多くもこれに属する。しきい線量は臓器で異なり、水晶体(白内障)が最も低い部類にある。
確率的影響はしきい値がなく(直線しきい値なし=LNTモデルを防護上適用)、線量の増加とともに発生確率が増すが重症度は線量に依存しない。発がんと遺伝性影響が代表例である。放射線防護では放射線加重係数(放射線の種類による重み。中性子はエネルギー依存で変化、α線は20、光子・電子は1)と組織加重係数(臓器の相対的な放射線感受性の重み。生殖腺は皮膚より大きい)を用いる。
国試ポイント: しきい値の有無で両者を判別する。晩期有害事象=確定的影響、二次発がん=確率的影響という個別判定も問われる。
急性放射線症候群と血球変化
全身被ばくの急性死は線量域で主病態が変わり、線量の低い順に骨髄死(造血器症候群)→腸管死(消化管症候群)→中枢神経死(脳血管症候群)が発現する。よって発現線量が高い順は中枢神経死>腸管死>骨髄死。骨髄死は白血球・血小板減少による感染症や出血で死亡し、7 Sv程度で数週〜数か月後に生じる。腸管死は概ね8〜十数Gy、中枢神経死は数十Gy以上で被ばく直後に意識消失などを来し致死的である。被ばく後に末梢血で最も早く減少するのはリンパ球で、感受性が非常に高い。半致死線量(LD50、通常LD50/30)は集団の生存率が50%になる線量で、線量率や個体・動物種の感受性で変動する。
国試ポイント: 3症候群の発現線量順序と、リンパ球が最も早く減る点が定番。
胎児影響・放射線治療の有害事象
胎児被ばくの影響は時期で異なる。①着床前期(受精後約0〜9日)は「全か無か」で、障害があれば流産、なければ正常。②器官形成期(約3〜8週)は各器官の原基が分化する時期で奇形が最も生じやすく、しきい線量は約0.1 Gy(確定的影響)。③胎児期(約8〜15週)は精神発達遅滞のリスクが最も高い。胎内被ばくは白血病など小児がんの発症リスクも高める。
放射線治療の有害事象は、照射中〜数週以内の急性(早期)反応(血管透過性亢進、粘膜炎、口内乾燥、皮膚の発赤→脱毛→乾性落屑→湿性落屑、白血球減少、脳浮腫)と、数か月〜数年後の晩期反応(血管内膜肥厚・閉塞、線維化、腎不全、心膜炎、肺線維症、白内障、萎縮膀胱)に大別される。血管では透過性亢進が最も早く、内膜肥厚・閉塞は晩期に進む。温熱療法(ハイパーサーミア)はがん組織の蛋白質を変性させ、低pH・低酸素・S期の細胞に効果が高く、放射線と併用される。
国試ポイント: 器官形成期=奇形、8〜15週=精神発達遅滞という時期対応と、有害事象の急性/晩期の振り分けが頻出。
頻出ポイント
- 致死作用が最も高いDNA損傷はDSB。低LET=間接作用主体、高LET=直接作用主体。
- 細胞周期の感受性はM期・G2後期で最高、S期後期で最低。最も早い反応は分裂遅延。
- 晩期反応組織ほどα/β値が小さい(約1〜3 Gy)、早期反応組織・腫瘍は大きい(約10 Gy)。
- 高LET放射線=RBE大・OER小・回復小。RBEはLET約100 keV/μmで最大、基準は250 kV X線。
- 確定的影響はしきい値あり(重症度が線量依存)、確率的影響はしきい値なし・LNTモデル。
- 急性死は骨髄死→腸管死→中枢神経死の順に高線量化。末梢血で最も早く減るのはリンパ球。
- 奇形は器官形成期(3〜8週、しきい値約0.1 Gy)、精神発達遅滞は8〜15週に最も生じやすい。
国試での出題(年度別)
この科目はデータのある年度で計 76 問。番号をタップで問題へ。解いた記録は緑/赤の枠で残り、右上の青点は解説ありです。